吉備路文学館

文学者紹介

江見水蔭

えみ すいいん(本名:忠功)

生没日
明治2年(1869)~昭和9年(1934)
ジャンル
小説家
出身地
岡山市 

年少の頃、軍人を志して上京するが、明治21年、尾崎紅葉の硯友社同人となる。「我楽多文庫」に小説を書き文筆活動に入る。明治25年、江水社を設立して「小桜縅」という個人雑誌を発行。中央新聞、読売新聞、神戸新聞、と記者生活をしたのち、博文館の「少年世界」「太平洋」の主筆などつとめながら小説を書き、文壇で一躍注目の的となる。演劇にも興味を示し、水蔭訳のシェークスピア『オセロ』は、川上音二郎・貞奴の一座が全国を巡演して評判になった。

また考古資料に興味をもち古瓦や土器を発掘採集したり、相撲狂から自宅の庭に土俵を作り「江見部屋」と称したりもした。現在の【国技館】の名付け親である。大正15年から昭和2年「太陽」に連載した回想記、『自己中心明治文壇史』は文学史的資料として評価されている。